© Dennis Stock / Magnum Photos

映画『ディーン、君がいた瞬間(とき)』に見る、写真の持つ大いなる力

雨のニューヨーク・タイムズスクエア。
タバコをくわえた男性が、傘もささず肩をすくめて歩いている。
眼差しは鋭く、ちょっとニヒルでどことなく拗ねた印象のある彼こそが、
世界中を虜にした俳優、ジェームズ・ディーン。

このあまりにも有名な写真を撮影したのが、写真家のデニス・ストックです。当時、マグナム・フォトに所属していた若手で、写真誌『LIFE』に掲載するためにジェームズ・ディーンの密着撮影を行っていました。その際の、2週間に及ぶ2人の姿を描いた映画『ディーン、君がいた瞬間(とき)』が、2015年12月に公開。この映画で語られた「写真の力」について、生前のデニス・ストックを知るマグナム・フォト東京支社の小川潤子さんにお話を伺いました。

ディーン、君がいた瞬間(とき)
映画公式サイト
http://dean.gaga.ne.jp/

 

「ジェームズ・ディーンと聞くと、この写真が思い浮かぶ。そういう方も少なくないと思います。亡くなって60年が経とうとしているのに世界がジェームズ・ディーンのことを忘れないのは、その主演映画とデニス・ストックの写真があるからです。俳優と写真家との関係が、1本の映画になるほどのストーリー性を秘めている。そこには、写真の持つ大きな力、人の心に刻み付けられる強い印象があるのだと感じました」

映画『エデンの東』を公開直前に見て、新人俳優ジェームズ・ディーンの写真を撮り、その誌面を飾ることが最高の栄誉だった『LIFE』に載せようと思い立ったデニス・ストック。映画では、撮影のためにハリウッド、ニューヨーク、インディアナ(ジェームズ・ディーンの故郷)で過ごした、2人の濃密な旅が描かれます。

© Dennis Stock / Magnum Photos

実際に、『エデンの東』の公開に合わせて、1955年3月7日号の『LIFE』にデニスの作品が載り、その2日後に映画公開。『LIFE』の写真を見た映画監督ニコラス・レイがジェームズ・ディーンの次作『理由なき反抗』のスチール写真をデニスに依頼しました。

「組合員でないデニスは撮影現場に入らせてもらえなかったため、デニスをセリフのプロンプターとして雇うことで、自由に撮影ができるように計らってもらったそうです。そのため、デニスの作品には『理由なき反抗』のセットが写ったものも何点かあります。これをきっかけに、2人の友情はさらに深まったとのことでした。ただ、デニスは彼のことをとても尊敬していて、当時のことを自慢げに語ったりしたことはありません」

『理由なき反抗』での撮影終了後、デニスはヨーロッパで1カ月ほど過ごします。アメリカに戻ってからジェームズ・ディーンにも会ったそうですが、その一週間後に彼は帰らぬ人に。直後に出演作2本が公開され、ジェームズ・ディーンは伝説となります。

© Dennis Stock / Magnum Photos

「同じく、マグナム所属の写真家アレック・ソスが“写真は相手を撮っているのではなく、そこに反映される自分を撮っているのだ”と言っています。ある瞬間だけを捉えることで、この写真の向こう側に何が写っているんだろう、この写真の中で何が起こっているんだろうと、見る人にリアクションをさせるのが写真のおもしろさ。1枚の写真を介して、写真家、被写体、そしてそれを見る人に、さまざまな意識を生み出します。これも、写真の持つ力の1つではないでしょうか」

デニス・ストックはその後もハリウッドスターの撮影を続け、ジャズ・ミュージシャンやヒッピー、バイクライダー達を撮った写真集を次々と発表。アメリカのユースカルチャーを捉えた多くの作品で名声を高めると共に、映画製作の道にも進みます。

ビル・クロウ 1958年(『ジャズ・ストリート』より)。 © Dennis Stock / Magnum Photos
ビル・クロウ 1958年(『ジャズ・ストリート』より)。

小川さんによると、晩年のデニスは南仏・プロヴァンスに移り住み、花や風景などを好んで撮っていたそうです。日本にも訪れ、汐留のビル街などを撮影したことも。2010年に死去、遺した作品は膨大な数にのぼります。

南仏・プロヴァンスのひまわり畑で。 © Dennis Stock / Magnum Photos
南仏・プロヴァンスのひまわり畑で。
南仏・プロヴァンスのひまわり畑で。© Dennis Stock / Magnum Photos
南仏・プロヴァンスのひまわり畑で。
来日した際に撮影した、汐留の風景。 © Dennis Stock / Magnum Photos
来日した際に撮影した、汐留の風景。

デニスが撮った写真はいずれも、彼ならではの視点で一瞬の時を鮮やかに切り取っています。そこにあるのは、何年経っても色あせない強烈な時代性。だからこそ、カメラによって留め置かれた瞬間は、永遠の命を持ち続けるのです。


Profile
小川潤子(おがわじゅんこ)
1989年、マグナム・フォト東京支社の創設に参画。2003年よりディレクターに。