2016年2月、JPAA(日本写真エージェンシー協会)の第7回フォーラムが、東京・天王洲のアマナイメージズにて開催されました。これは、JPAAの会員企業の相互理解と交流、また情報交換を目的としたもので、各社の代表者が一堂に会して今話題のトピックをテーマに発表と講演を行いました。
テーマⅠ:アマナイメージズが、ボストン経済法律事務所の画像不正利用に対して起こした訴訟から学ぶ
アマナイメージズがボストン経済法律事務所に対して起こした画像不正利用の裁判が、2015年4月に結審しました。この経緯、また勝訴の意義について、アマナイメージズ取締役の佐々木孝行さんと同じくアマナイメージズ取締役の八野和喜子さんからの報告をご紹介します。
事の発端は、2014年1月のこと。アマナイメージズにはライセンス管理部があり、常時、不正使用についての検証作業を行っています。そこで見つけたのが、ボストン経済法律事務所のホームページ上に掲載された画像。全部で12点あり、すべてアマナイメージズで販売しているものでした。うち6点がRM(ライツマネージド。独占使用が可能で、使用期間に制限がある)で、この作品が裁判の対象となったのです。
通常、画像の不正使用が発覚して裁判に訴えたとしても、勝訴して相手に請求できる金額は正規の貸し出し料金の相当額でしかありません。裁判費用を考えると金額が見合わず、これまでは裁判に持ち込まれることも少なかったのです。
このままだとネット上の画像を勝手に使われたままになってしまう。それは画像を扱う会社としての根幹に関わる問題であり、看過することはできません。またこれまでは被害者側が泣き寝入りすることが多かった画像の不正利用において、勝訴をすれば「司法判断」という大きな味方を手に入れることができる。そう判断し、アマナイメージズでは提訴を決定。和解ではなく、必ず判決を勝ち取るという強い意志の下で、裁判に臨みました。
勝訴がもたらしたもの
その結果、アマナイメージズの全面勝訴。ボストン経済法律事務所に対して、①著作権の侵害、②著作者人格権の侵害、③独占的な事業権(営業権)の侵害が認定され賠償請求が認められました。
今回の判決で画期的だったのは、不正使用者の未必の故意が認められたということ。積極的な著作権侵害の意図はなかったかもしれませんが、結果的に侵害に当たるかもしれないとの予測がありつつあえて使用したことを裁判所が指摘しました。また、通常であればこういった裁判の場合は、原告側が故意過失(故意に画像を不正しようとした証拠)を立証しなくてはならないのですが、今回はアマナイメージズで販売している画像を無断使用したということを立証すれば、事実上使用者の故意・過失が推定されることになるという点も大きなポイントに。
未必の故意が認定されたということは単なる過失による著作権侵害と異なり、刑事告訴の対象にもなるので、今後このような画像不正使用があった場合に民事事件だけでなく刑事事件としても告訴ができる、その際にこのような勝訴の判例があったことが不正使用の抑制につながるのではないか、という期待も持てるようになったのです。
また、対象の画像を撮影した3人の写真家とも連携して裁判に臨み、著作者人格権(氏名表示権)の侵害についても認定されたのも画期的でした。
日本の法制度には懲罰的損害賠償がないため、不法行為者に対して請求できる金額は、基本的に正規の貸出料金相当額しか請求できません。費用対効果が見合わないため、これまでは著作権の権利を守るための裁判を起こすことも消極的にならざるを得なかったのですが、この勝訴がもたらした影響は計り知れません。
もし不正使用を見つけたら、今後は泣き寝入りしないこと。この判例を持って、毅然とした態度で臨むことが大切です。
テーマⅡ:改正著作権法と、TPPの影響について学ぶ
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は、環太平洋地域の経済自由化を目的とした経済連携協定です。2016年2月、日本を含む参加12カ国が、ニュージーランドのオークランドで協定文書に署名しました。
TPPというとどうしても農業への影響が取り沙汰されますが、実は著作権などの知的財産にも大きな関係があるのです。その点について、三宅坂総合法律事務書の弁護士・野間自子さんより発表がありました。
TPP発効によって、何が変わるのか?
さまざまな条件があってTPPはまだ発効していませんが、もし発効が決まった場合は著作権に関連して下記の3点に大きな変化があるでしょう。
1 著作権保護期間の延長
現行法では、原則として著作者の死後50年間は保護されています。これは各国と比べると短いほうで、アメリカやEU28カ国は死後70年間、メキシコは死後100年の間、その著作権が保護されます。
TPPが発効すると、日本での著作権保護は死後70年間となります。すでに著作権保護期間が切れてパブリック・ドメイン(保護期間終了または放棄により、自由に使用できる状態)になっている著作物が、この保護期間延長によって再度、保護対象になるかは、現段階では未定です。
2 懲罰的損害賠償の導入
テーマⅠで、著作権侵害の裁判が少ない理由の1つにこの懲罰的損害賠償がないことが挙げられました。もしTPPが発効されることになって懲罰的損害賠償が導入されれば、裁判を起こすハードルを下げる効果が期待できます。
3 非親告罪化
著作権侵害はこれまで親告罪で、権利者が告訴することによって犯罪が表面化しました。しかし非親告罪になると、訴えがなくても罪に問われるようになります。
そのため、日本のポップカルチャーやオタク文化を支えてきた、コミックマーケットやコスプレといった二次創作によるパロディなどが取り締まりの対象になり、大きな影響を受ける可能性があります。表現の自由を脅かすのではないかとの懸念もあり、議論がなされています。
著作権の保護期間については、すでに保護が失効しているのにTPPの発効とそれに伴う法律改正によって保護権利が復活するかもしれません。また二次創作については、ストックフォトを加工して画像を作った際に、元の画像がどれだけ生かされているかで既存の著作物の著作権の侵害なのか、新しい創作活動の結果、別個の著作物として侵害とならないのかの線引きが曖昧です。
どこまでは犯罪でどこまでが大丈夫なのかを把握しておかなければならず、今後もTPP関連のニュースを注視しておく必要があるのです。
野間自子(のまよりこ)
弁護士。三宅坂総合法律事務所所属
profile
慶応義塾大学法学部卒業、ワシントン大学ロースクルール修士課程修了。1986年に弁護士登録後、1999年に三宅坂総合法律事務書パートナーに。2007年からは日本知的財産仲裁センター委員会の委員に。2014〜2015年には、日本知的財産仲裁センターの副センター長、2016年から同センター運営委員会委員長を務める。主に知的財産権法、会社法などを取り扱うことが多く、企業法務・企業買収などのサポートも。