2019年4月11日(木)、第11回JPAAフォーラムが東京・銀座で開催されました。今回のテーマは「最新の法改正とそれをとりまく状況について」。昨年末のTPP(環太平洋経済パートナーシップ協定)整備法の施行により、著作権の分野でどのような変更が起こるのか、ストックフォト事業会社で気にするべきポイントについて、三宅坂総合法律事務所の野間自子弁護士によるレクチャーがありました。フォーラムの様子をお知らせします。
TPP発効による変更とは
まず、2018年(平成30年)12月30日にTPPが署名され、同日にTPP整備法が施行されました。これに伴い、著作権については保護期間の延長と、一部の罪の非親告罪化が変更されました。
①保護期間の延長
従前の著作権の保護期間は死後50年でしたが、死後70年に延長。なお、起算日は亡くなった日や公表日ではなく、それらを含む年の翌年1月1日からなのでご注意ください。保護期間を過ぎた著作物は、パブリックドメインとなって自由に利用できます。
②著作権侵害をした場合の、非親告罪の追加
技術的保護手段の回避を行うことをその機能とする装置・プログラムを公衆に提供する行為、脱法的なソフトウェアを販売する行為、死後の人格権侵害、引用の際の出所明示義務違反などはもともと親告罪ではありませんでした。これに加えて、下記の行為が非親告罪化しました。今回非親告罪に追加されたものは下記の通りですが、一例を挙げると、映画の違法な頒布など財産上の利益を受ける目的で有償の著作物を公衆送信等する行為などです。
デジタル・ネットワーク技術の進展による著作権法への影響
2019年(平成31年)1月1日に、改正著作権法が施行されました。これは昨今のデジタル・ネットワーク技術の進展で発生した新しいニーズに的確に対応するための改正です。そのニーズに対応するため著作権者の許諾を受ける必要のある範囲を見直したものです。
野間先生「今回の改正は、①情報関連産業、②教育、③障害者、④美術館等、の4分野で柔軟な権利制限規定の整備が行われました。本来、著作権というのは、他人の著作物を利用する場合には当該著作権者の許諾が必要ということですが、4分野については法律の定める一定の範囲の利用について許諾が不要になったということです。
無制限に利用していいということではなく、それぞれ利用規程制限がありますので、以下の表をご覧ください」
それぞれの分野の改正について、野間先生に詳細を解説していただきます。
教育関係の改正について
野間先生「教育というのは次世代を担う人材を育てるという非常に公共的な意義がある分野であり、文化の発展に寄与するためには教育を充実させる必要があるというのは言うまでもないことです。そのような教育の公共性を鑑みて、権利者の方にある程度我慢していただこうというのが法の趣旨です。
学校が授業の過程で著作物を利用する際、複製についてはもともと無償でありこれは今後も続行されます。公衆送信については、現在は個別に権利者に許諾を得て補償金を学校側で支払ってきました。その負担を軽減して簡易な仕組みを作ろうとするのが、今回の改正の大きなポイントです。
要件を満たすのは、①非営利の教育機関で、②その教師か生徒が、③授業で使用する目的で、④著作権者の利益を不当に害しない、という4つで、これがそろった場合は無償・無許諾の公衆送信が許されることになりました」
①の非営利の教育機関には私立の学校法人も含まれますが、株式会社が運営している予備校や塾はこれに入りません。③については、授業で使うためにテレビ番組を録画したり、ゼミで使用するためのコピーはOKということです。④については、鑑賞に堪えるような形での複製は許されておらず、ドリルやワークブックなどは営利事業に属するので無償・無許諾では使えません。
さらに今回の改正で国が考えているのは、これまで各学校が個別の権利者に支払っていた補償金を一定の団体にまとめて払うようにし、その団体が権利者に分配するという仕組みを作ることです。これが実現すると、学校は一定の補償金をその団体に払えば済むので、これまで個別の権利者に対応していた手間が大幅に軽減されるというわけです。
この指定管理団体として設立されたのが、SARTRAS(サートラス=一般社団法人授業目的公共送信補償金等管理協会 https://sartras.or.jp/ )です。社員に名を連ねているのは新聞教育著作権協議会、言語等教育著作権協議会、視覚芸術等教育著作権協議会、出版教育著作権協議会、音楽等教育著作権協議会、映像等教育著作権協議会ですが、構成員のほうを見ると、たとえば映像等教育著作権協議会はテレビ局、言語等教育著作権協議会はシナリオと脚本家に当たりますが、映画などは現段階では含まれていないようにも見えます。また写真に関しては、日本写真著作権協会が入っているのみです。従って、まず協議会は、新聞、言語、視覚、出版といった分野ごとに作り、そこから構成員を作ろうとして未完成の段階であるという印象があります。
他に、この仕組みにおいてはどのような問題が考えられるのでしょうか。
野間先生「問題点は2つあります。1つは、学校においての個々の利用を把握するのは極めて困難ですので、権利者への分配は本当に可能なのかという疑問があります。写真で言えば、現段階で構成員に入っている日本写真著作権協会に未加入の写真家だと、それこそ自身の作品の使用状況についてはわからないので、分配に預かれない可能性があるのではないかと思います。また、そもそも構成員団体への分配の割り振りも難しく、平等な分配の実現が本当に可能か疑問です。
もう1つは、JPAAに加入されている会社のサイトに掲載されている写真などは、学校に利用される可能性が非常に高いと思いますが、JPAAの会員会社は著作権者ではなく、写真家から写真をお借りしてサイトに載せていることが多いので、権利者への分配にはあずかれないと思います。エージェンシーのサイトは利用される可能性が極めて高いのにエージェンシーには分配金は支払われない。これは一方的に、著作権というよりは営業権の一部が奪われる形になっているのではないかと。分配金には、権利者への分配と著作権保護事業を育てるために著作権の保護に関する事業への分配というの2つがあるので、JPAAの写真文化に対する貢献を考えると共通事業目的への支出にあずかれないだろうかと思います」
これまでは権利者に対して許諾を得て使用料を払っていたことが、今後は無償・無許諾で使えてしまうとなると学校関係から支払われていた部分がなくなってしまうため、写真エージェンシーの市場の縮小につながる恐れがあると先生は警鐘を鳴らします。
分配の方法や仕組みについて情報が十分に開示されていないこともあり、権利者に本当に平等に分配されるのか、またそもそも分配する仕組みがあと1年弱で構築できるのか、懐疑的な部分はまだ多くあるということでした。
情報関連産業関係の改正、どこがポイントか?
次は情報関連産業関係の改正についてです。これもデジタル・ネットワークの進展に対応した柔軟な権利制限規定の整備となっていますが、今後の技術の進展に対応するためにある程度抽象的な文言を用いて包括的な規定にしています。この改正によって、市場に悪影響を及ぼさないビッグデータを活用したサービス等のための利用が許諾なしに行えることになりました。
野間先生「本来、著作物というのは、それを人が読んだり見たりして、知的好奇心を満たしたり、感激したりつまらないと思ったり、というためのものですが、そういった人の感情に関わらない利用については許諾がいらないとしたものです。その対象はAIの深層学習とか情報解析のために必要な限度で行う著作物の複製で、たとえば論文剽窃検証サービスや盗用写真検証サービスは、この条文によって、解析のために必要な著作物の利用は許されるということになります。論文剽窃検証サービスの場合は、どの論文から盗んだかどうかを検証するために膨大な論文を複製してコンピューターが探し当てますし、盗用写真に関しても元写真と違う写真を検証するために複製する必要があるということになります」
つまり、英米法のフェアユースに類似した総合判断の余地があるような立て付けで規定にしたということになります。
そうなると、たとえばある開発目的で写真をパッケージとして企業に提供するサービスはどうなるのだろうかという問題が出てきます。すなわち画像を取り込んで認識するようなAIのプログラムを作りたいとき、現状ではJPAAの会員企業から何万点もの写真を渡すというようなビジネスを行っていますが、今後はクライアント側でサイトから勝手にデータをダウンロードできしてしまうことになったら、このサービスは不要になってしまうのでしょうか。
野間先生「クライアント側でこのような写真自体の探索は大変な労力がかかりますからこのビジネス自体はなくならないのではないかと思います」
写真の不正利用について、著作権者であれう写真家だけではなく、写真エージェンシーも何らかの請求ができるでしょうか。
野間先生「写真の不正利用に関しては、技術的には、仮想通貨のように写真に識別記号のようなものを付着させて、使用履歴や誰がダウンロードしたかを追えるようなシステムができたらいいですね。
法律自体の措置としては、写真の不正利用について、写真エージェンシーは、営業権侵害を理由として、損害賠償や差止めを求める余地があるように思います(民法第709条など)。大量の写真をコピーされたときに、損をするのは著作権者である写真家だけでなく、エージェンシーもです。エージェンシーが大量の画像をわかりやすく分類してサイト上にアップしたという労力が使われていて、それには固有の営業権があると。したがって上記のような請求ができる可能性があると思います」
その他の対象への、著作物利用の拡大
他に許諾なく利用が認められるようになったものとして、電子計算機における利用があります。これは、効率的に行うという目的で、電子計算機の利用に必要だと認められる限度において可能です。ただし、著作権者の利益を不当に害さないとされるときのみです。たとえば、検索サービスでその検索を行うのに必要な限度で著作物を複製したり送信したりする場合です。書籍検索サービスやインターネット情報検索サービス、写真検索サービスなどが含まれます。
それから、障害者の情報アクセス機会が広がりました。点字については今も許諾が必要ですが、書籍を録音したものを自由に複製できる対象として、視覚障害者だけでなく視覚以外の障害によって書籍を読むことができない人も含まれるようになりました。
また、著作物の利用を促進するため、アーカイブの検索のために著作物の表示をすることも適法になりました。
不正利用を見つけた場合
もし不正利用を発見したときは、どのように対処すればいいのでしょうか?
野間先生から的確なアドバイスをいただきました。
野間先生「違法な使用に対する請求としては、最初にメールや内容証明で警告書を発送して交渉し、合意書を締結するか、合意に至らなければ必要に応じて訴訟をすることになります。交渉過程でよく相手方が、『自分はインターネットのフリーサイトから取ったものであって過失はない』とか、『故意・過失は侵害を主張する側が立証すべきなんだから請求する側でこっちの故意・過失をちゃんと立証してください』と主張することがあります。
これに関しては、東京地裁の平成27年4月15日判決で事実上立証責任が転換されています。この判決は、『フリーサイトから入手したとしても識別情報や権利関係の不明な著作物の利用は控えるべきことである。この場合は著作権を侵害する可能性があるから』と明確に述べています。さらに、侵害の可能性があるのを知っていながらあえて複製した場合は、単なる過失ではなく、少なくとも未必の故意があったと認めるのが相当であるともこの判決は述べています。
エージェンシーが自分のサイトから取られた写真だと主張する場合、相手が上記のような主張をしてきたら、この東京地裁の判例を出して反論をすればいいと思います」
野間自子(のまよりこ)
弁護士。三宅坂総合法律事務所所属
profile
慶応義塾大学法学部卒業、ワシントン大学ロースクルール修士課程修了。1986年に弁護士登録後、1999年に三宅坂総合法律事務書パートナーに。2007年からは日本知的財産仲裁センター委員会の委員に。2014〜2015年には、日本知的財産仲裁センターの副センター長、2016〜2017年には同センター運営委員会委員長を、2017〜2018年には同センターセンター長を務める。主に知的財産権法、会社法などを取り扱うことが多く、企業法務・企業買収などのサポートも。